2009年9月12日に、以下の内容で伊勢湾台風メモリーズ2009の展示をおこないました。
(注)名古屋会場のイベント報告もご覧下さい。
今回は、伊勢湾台風で発生した史上最大級の高潮を映像と音で再現するというシステム「伊勢湾台風メモリーズ2009」を、日本科学未来館で初公開しました。土曜日1日だけのイベントでしたが、防災科学技術研究所のイベントと併催したこともあって多くの方にご来場いただきました。計算によると延べ370名ほどの方にシステムを体験していただいたようです。この中には一人で何回も体験された方も含まれておりますが、それでも全体的にはこちらの予想以上に盛況なイベントになったと感じています。また当時は名古屋にいたという方や、伊勢湾台風についてよく両親から聞かされたという方など、伊勢湾台風に関して実体験がある方々とも直接お話できるよい機会となりました。
前回の台風メモリーズ1とは異なり、システムの目的が「高潮を体験する」と明確だったため、参加者の皆様にとってもわかりやすいシステムになりました。音とともに目の前を上昇していく海面、それを見上げる参加者の方々。これが実際に発生した高潮ですよと説明しますと、えーこんなに高いの、これじゃ逃げられないなぁ、などと驚きの反応が返ってきました。伊勢湾台風の高潮とは、自分の身長よりもはるかに高いところにまで水面が上昇するという出来事だったのです。高潮を実寸大で再現することによって、数字を見て頭で理解するのではなく、自分の目で見て体感できるのではないか。これが本システムの第一の目標でしたが、これは達成できたように思います。
それでは今回のシステムをより詳しく見ていきましょう。まず参加者の方々は、会場に入るとスクリーン前に設置された操作卓に進みます。ここには伊勢湾台風高潮データベースでも提供されている、高潮の最高水位(標高)ごとに色分けした最高水位マップ(赤いほど最高水位が高い)を表示しています。参加者の方々はこの地図上で、タッチペンを使ってインタラクティブに、自分が高潮を見たい場所をピンポイントに指定することができます。名古屋に関係のある方は自分にゆかりの土地を選び、特にゆかりがない方は高潮がより高く上昇する赤い地域を中心に選びました。この選択が終了すると、その場所に発生した高潮を再現する映像が始まります。
高潮再現映像は3つのプロジェクターを使って表示しました。(1) 正面:高潮の水面、(2) 側面:名古屋港の潮位記録、(3) 床面:伊勢湾台風の経路、の3つです。特に側面に表示した潮位記録(参考)は自記紙に記録された本物(名古屋地方気象台提供)ですので、実測データならではの迫力を示しています。また映像は3面すべてが同期して進行しますので、伊勢湾台風の接近に連動して高潮の水位が変化します。そして3面の同期によって、潮位は台風接近に伴って急速に高まり、台風が過ぎ去ると急速に下がるという時間的変化が、より強く体感できるようになりました。そして3面映像は、高潮が最高水位に達した瞬間に時間進行が遅くなり、このタイミングで正面のスクリーンを白地から被災写真に切り替えることで、潮位が下り始めて世界が元の状態に戻っていく中で、改めて高潮と災害との関係を考えるきっかけを作っていきます。なお高潮と災害の関係を考える際には高潮が夜間の20:00-24:00頃に発生したという状況も重要ですが、暗闇の中を襲ってくる高潮の怖さを想像するには、夜のように暗くなっている本イベント会場は適切な場所かもしれません。またプロジェクターに加えて音も活用することで、時間の流れとタイミングも体感しやすいように工夫しました。
高潮の体験が済んだ後は、「あなた」と伊勢湾台風との関係について考えていただくコーナーに進みます。伊勢湾台風については50周年を機に「過去を振り返る」イベントが多く開催されていますが、過去を強調しすぎると伊勢湾台風は「かつて起こったらしいが自分には関係ない」出来事だという印象も与えかねません。そうではなく、自分と伊勢湾台風との関係性を考えるきっかけになるような状況を創出する、これが台風メモリーズの大きな目標でした。この目標に対しては2つの仕組みを用意しました。第一は、東京湾と伊勢湾におけるスーパー伊勢湾台風による浸水想定図の掲示です。東京湾については国土交通省港湾局、伊勢湾については東海ネーデルランド高潮・洪水地域協議会のご協力をいただき、伊勢湾台風よりも強いスーパー伊勢湾台風(例えば室戸台風クラス)が東京湾や伊勢湾を襲ったときの被害想定シミュレーションを会場で見られるようにしました。これを見ると防災対策が進んだ現代でも、最悪のケースでは大規模な高潮災害が発生する可能性があることがわかります。会場にも浸水が想定される区域にお住いの方がいらっしゃいましたが、この図面を真剣に眺めながら認識を新たにされていました。このシミュレーションは過去の話ではなく、現在から未来にかけての話です。伊勢湾台風は決して過去に一度キリの出来事ではないのです。
もう一つの仕組みは、写真を利用した参加型高潮記録システムの実現です。そのために本システムでは、高潮が最高水位に達した瞬間にカメラで会場を撮影するという機能を作りました。高潮は実寸大で表示しているため、高潮の前に立つ人々を撮影した画像は、人の身長と高潮の水位とを比べるための資料として使えます。こうした実写画像を映像再生ごとに蓄積し活用することで、実写型ハザードマップを作成しました。このマップでは、ある場所の高潮が人の身長よりも高いのか、大人なら大丈夫でも子供なら溺れてしまうのか、という状況を実写画像で確認できます。「あなた」自身も、この場では高潮に飲み込まれてしまった一人かもしれません。この実写画像こそ、わざわざ実空間に実寸大で高潮を表現したからこそ得られたデータと言えます。そして実写画像を利用することで、高潮の水位を色分けした抽象的な地図にはない、具体的な表現による「ハザードマップ」が作成できるのです。また参加者の方は写真にコメントを書き込むことができ、それも一緒にシステムに蓄積されていきます。地図上での再生場所選びから実写型ハザードマップの生成までが人々の参加を軸に進んでいくこと、そしてこれが参加者の体験を強化するだけでなく非参加者にも体感的な情報を与える効果をもつこと、これらが台風メモリーズの大きな特徴と言えるでしょう。
以上をまとめると、「伊勢湾台風メモリーズ2009」では、(1) 高潮を実寸大で大空間に再現して体感していただくこと、(2) 人々の参加を活用して体感型の情報を集積すること、この2点を実現したいと考えていました。今回のイベントではこれらの目標をおおむね実現できたと評価しています。前者については、日本科学未来館の天井高7mという空間を利用して最大4.5mの高潮を実寸大で再現するインスタレーションを構築しました。また後者については、人々の参加と実写画像をうまく活用して実写型ハザードマップを作成しました。このように、人々が参加し体感した情報が循環するようなデータベースを作るというアイデアを実現することで、伊勢湾台風の高潮災害に関するユニークなコンテンツを作り出すことができたと思っています。
最後にお詫びです。会場でのご案内では「写真は原則として公開しない」と記述しておりました(ここでの「写真」とは上の実写画像のことです)。ただ、写真を小さくすれば個人を識別することは困難なこと、研究目的としては写真を利用することが必須となること、などの理由により、北本の独断で小さなサイズの写真は公開することに方針を変更しました。この点で混乱を招きましたことをお詫びするとともに、どうしても問題のある写真がございましたら、北本までご連絡ください。また予想よりも多くの来場者を迎えて会場運営スタッフの案内が行き届かなくなったため、システムを体験するまで長い間お待ちいただいたり、待ち行列が混乱したり、中には待ち切れずに会場を後にしたりした方もいらっしゃいました。ここにお詫び申し上げますとともに、この経験を名古屋会場での運営に生かしていきたいと思います。
以下はパソコンで入力していただいたコメント(メモリー)を中心に、こちらで内容ごとに分類してまとめたものです。原文の抜粋ではありますが、できるだけ文意を変えないように配慮しました。
多くの参加者は、潮位の高さと潮位の急激な上昇に驚いていました。「すごく高かった」「思ったより高い」「最大のときはすごかった」などの声がありました。また潮位の上昇についても、「急激な上昇に驚いた」「あっという間に水位が上がった」などの感想がありました。
今回のシステムの狙いの一つに、自分の身体との相対的な比較によって高潮の水位を把握するというのがありました。参加者の方々からも、「自分より高いところに水がきたらどうしよう?」「身長の何倍もの高潮にひっくりすると同時に恐怖を感じた」「子供がすぐに埋まってしまうところに驚いた」「自分の身長をあっという間に越えた」などの声がありました。高潮の水位が実寸大であるために、自分の身体を基準として高さを実感しやすかったのではないかと思います。
また高潮からの避難について考えた参加者もいました。「逃げられない高さだ」「この水位の波がきたら助からない」「逃げることは不可能でしょう」などの感想がありました。水位が4mという数字を聞くだけでは避難まで考えが至りませんが、実際にあの水位を目の当たりにすれば、自分だったらどうするかを考えざるを得ません。これが体感的な表現のインパクトだったのではないかと思います。
最後に、会場が暗くなっていたのは高潮が夜間に発生したことにも対応していたのですが、「夜間の災害で被災者は何が起きたかもわからなかったのでは?」ということまで考えた方もいらっしゃいました。
今回は東京で開催しましたので、伊勢湾台風はそれほど身近な存在ではありません。ただし参加者の中には伊勢湾台風に関係のある方もいました。
まず、伊勢湾台風の被災地域を訪れたことがある方々は、現地の「潮位標識」を思い出していました。伊勢湾台風の際の高潮の水位を示す標識は現地のあちこちに設置されているのですが、平時に見ると信じられない高さにあるので、「本当かな?」となかなか実感がわかないのが実情です。しかし今回のシステムで潮位を目の当たりにすることによって、あの標識の意味を実感できたようです。
次に、これまで資料を読んだり、父母や祖父母などから聞かされていただけだった伊勢湾台風を、今回はリアルに実感できたという意見がありました。実際に映像と音で体験することによって、文字や数字だけで知ったつもりになっていたものが体感できるようになり、なぜ伊勢湾台風の被害があれだけ大きかったのかも理解できるようになったようです。
災害への備えについて改めて考えた参加者の方も多かったようです。「自然災害の恐ろしさを再認識した」「注意を怠ってはいけない」「日頃の生活でも注意が必要」「人間は小さいと感じた」などの意見がありました。また「高潮で水位が上がったら下の階の人が自分の家に避難してきそうだ」と、非常に具体的な状況を想像している方もいらっしゃいましたが、このように自分の状況に引き寄せて具体的な状況を想像することは極めて大切なことだと思います。
また当時の情報伝達についての感想もありました。当時はきちんと情報が伝わっていたのだろうかという疑問です。ただ現在でも情報伝達は完璧ではないので、これは現在でも情報が伝わってくるか不安という気持ちにもなります。また災害体験の風化に触れている参加者もいました。当時を語れる人が高齢化しつつあるいま、過去の経験をデータ化して多くの人と共有できるようにするのが、災害を防ぐために重要ではないか。そうした提案もありました。
今回のシステムでは、よくあるように高潮を「リアルに」表現するのではなく、「高潮の水位」という情報を伝えることを目的とした情報デザインの実験として、あえてシンプルな表現方法を用いました。このことについては「怖さをあおるようなわざとらしい映像ではなくてよかった」「小難しさがなくて実感がわいた」「非常に興味深い表現」などの感想がありました。また「未来的な感じがよい」「体験型で面白い」「たのしかった」「台風が迫ってくるときの音楽が怖い」などの感想がありました。
一方で、わざわざ動画にする必要があったのか、という意見もありました。高さを実感したいだけなら、水位標を出しておけば事足りるのではないかと。実際のところ我々も、単なる映像だけではバーチャルすぎるのではないかと考え、あえて実物の水位標(高さ7m)を購入してスクリーンの端に設置しました(見えにくかったので気付いた方は少ないかもしれませんが)。ですので、これだけでも高さは実感できるはずだ、というご意見はよくわかります。ただし同時に、映像によって台風の経路と水位の時間的変化という情報も伝えられたというのは、かなり大きな効果だと考えています。上には「潮位の急激な上昇に驚いた」という意見がありましたが、これは水位標だけではなかなか伝えにくい情報です。
今後の要望としては、まず名古屋にお住いの方からは、名古屋でも多くの人に体感していただきたいという意見がありました。これは実際に名古屋会場で多くの方に体験していただきました。また自分が住んでいる場所で同じようなことをやってほしいとの意見もありました。これは今回のように実測データを使うのは難しいと思いますが、ハザードマップの浸水想定データを使えれば可能かもしれません。
次に改善点としては「高潮の仕組みがわかるような表示があるとよい」「現在の風景に重ね合わせて水位を出してほしい」「風も疑似体験したい」などの意見がありました。まず「高潮の仕組み」については今回は時間が足りずにそこまで手が回りませんでした。「現在の風景」については、例えばGoogleマップのストリートビューを使えば部分的に実現できるかもしれません。最後に「風」はアイデアとしては以前からあるのですが、当面の間は実現は難しいかなと思います。
最後に「これからもデータと技術を組み合わせた体験型の展示で防災に関する情報を広めてほしい」との期待をいただきました。貴重なご意見、ありがとうございました。