名古屋都市センターでのイベント(2009年9月23日)

2009年9月23日に、以下の内容で伊勢湾台風メモリーズ2009の展示をおこないました。

伊勢湾台風メモリーズ2009〜伊勢湾台風での史上最大級の高潮を大空間で体感しよう(名古屋会場)
伊勢湾台風によって伊勢湾沿岸で発生した高潮を、実測データに基づく映像と音で再現します。
日時:2009年9月23日(水・祝日) 10:00〜17:00
場所:(財)名古屋都市センター交通案内・地図)金山総合駅南口すぐ
11Fまちづくり広場(大研修室)にお越し下さい。
入場無料・予約不要
主催:情報・システム研究機構 国立情報学研究所 北本研究室
併催:企画展「伊勢湾台風50年」(財団法人名古屋都市センター、名古屋港管理組合、名古屋市上下水道局、名古屋市消防局)

(注)東京会場のイベント報告もご覧下さい。

当日のデータ

イベント報告

今回は、伊勢湾台風で発生した史上最大級の高潮を映像と音で再現するというシステム「伊勢湾台風メモリーズ2009」を、名古屋都市センターで公開しました。シルバーウィーク最終日にあたる祝日1日だけのイベントでしたが、名古屋都市センターの企画展と併催したことや、新聞テレビによる広報の効果もあって、非常に多数の方々にご来場いただきました。伊勢湾台風を直接体験されたご年配の方々から、その子供、孫の世代の方まで、家族連れやグループの方も多かったように思います。10時開場でまだ準備が完了しない間に最初の方が早速入って来られたので少し焦りましたが、その後も夕方まで多くの方に切れ目なくご来場いただきました。会場全体の入場者数が約550名に達しましたので、おそらく500名程度の方に体験していただき、参加者数では東京会場を上回ったのではないでしょうか。

なんと言っても今回は、伊勢湾台風の被災地である名古屋での開催です。私は台風データは日頃から扱っていますが、伊勢湾台風に関する専門家ではありません。その我々がイベントを開催することに対しては不安と緊張がありました。我々の試みは被災地の方々にどう受け止められるのだろうか、このような試みに意味はあるのだろうか?そうした疑問は抱えながらも、とにかく試してみることが重要という意識で、今回のイベントを開催しました。その結果はどうだったのでしょうか。まず我々にとっては、今回のイベントで複数の被災者の方々と実際にお話できたことには大きな価値がありました。我々自身が、伊勢湾台風をより実感を持って捉えることができるようになったからです。一方被災者の方々にとってどうだったのかは、よくわかりません。アンケートには好意的な意見もありましたが、何も意見を語らずに会場を去った方々の本当の感想は知ることができません。ただし、自分の体験を再確認して他の場所と比較するための道具としては、このシステムにも多少の使い道はあるかもしれないと感じました。例えば、自分が被災した場所の水位を見た後に他の場所の水位をみると、「ああ、自分のところよりも高かったのか。さぞかし大変だっただろう。。」という想像ができます。こうした行為によって過去の記憶をより広い視点から振り返り、見つめなおすことが可能になるかもしれません。ただしシステムに関しては、いくつか厳しい意見もいただきました。

まず高潮の水位については「正しくないのではないか」という指摘を受けました。本システムで表示する高潮の水位は伊勢湾台風高潮データベースから取得しているのですが、ここでの水位には標高(T.P.)を利用しています。これはこのデータベースが参考にした元の資料(伊勢湾台風調査報告, 気象庁技術報告第7号, 1961)がそうなっていることが原因なのですが、それはあくまでこちらの都合でもあり、現地の方々が本当に知りたいのは「地面の高さからの水位(地上高)」なのです。現地の各所に設置されている潮位標識を地面から見上げたとき、実感されるのは地面からの水位であって、現地の方が覚えている水位もまさにその数字です。ところが今回の標高水位を用いると、特に海面下(海抜ゼロメートル以下)の地域にお住いの方にとっては、地上高よりも小さな水位が表示されてしまいます。現地の方々にとっては「浸水深○○メートル」という数値自体が非常に重要な記憶となっているため、そこに違う数値が表示されると「納得いかない」というのも理解できます。実際のところ、我々のシステムでは最高水位は4.5mとなっていますが、地面から測った場合の浸水深は最大で6m程度に達したようです。さらに参考にした記録自体にもいろいろとあいまいな部分がありますので、その点からも水位の不正確さが増してしまいます。こうした不正確さを改善するために、「いまならまだ被災者が当時を記憶しているのだから、調査して少しでも正確な水位に修正してほしい」というご要望もいただきました。ただ私はこうした意見をいただいたことを、むしろありがたいと思っています。実際のところ、今回は不正確さを承知で水位の分布を出したからこそ、こうした意見が出てきたとも考えられるのです。不正確なデータだからあいまいにしておこうというのではなく、それをまずはデータとしてきっちり出して、それを叩き台として修正していくというプロセスが、今後の課題として重要なのではないかと考えています。

さらに高潮データベースに関しては、「なぜ三重県のデータがないのか?見られないのは残念だ」というご意見も何人かの方から受けました。確かに現状では三重県のデータが空白になっていますが、これは三重県のデータを省略したわけではなく、私が参考にした上記の資料にそもそも名古屋周辺のデータしかなかったことが原因です。とはいえ、実際には木曽三川の輪中地帯や桑名・四日市を中心に三重県での高潮被害も甚大なものでしたので、これでは高潮データベースとして不十分であるというのはご指摘の通りです。また愛知県内だけに限定しても、実は現状では知多半島や三河湾周辺で発生した高潮に関するデータが抜け落ちています。その意味では、伊勢湾台風による巨大な高潮災害を捉えるためには、もっと広範囲にデータベースを整備していく必要があり、これも今後の課題として方法を考えていきたいと思います。

もう一つ、今回は高潮を伊勢湾台風災害のシンボルとして取り上げたのですが、「それだけでは不十分ではないか」との指摘を受けました。実際に伊勢湾台風の災害は伊勢湾沿岸だけにとどまらず全国各地に広がっており、災害の状況も高潮だけにとどまらず、強風による家屋倒壊や大雨による洪水など多種多様です。名古屋周辺という場所に限定しても、低地では確かに伊勢湾台風は高潮災害として記憶されていますが、低地以外にお住いの方にとっては、むしろ瓦が飛んだとか家が壊れたなど、伊勢湾台風は強風災害として記憶されているのです。このように、それぞれの土地には、そこに固有の伊勢湾台風の記憶があります。そういう中で、なぜ「伊勢湾台風=高潮」なのか、もっと他の災害にも着目してほしい、という意見が出てくるのも理解できます。ただし、伊勢湾台風災害はあまりにも巨大なため、その全貌を公平に表現するのはかなり困難です。そこで私としては高潮のみに焦点を絞ったシステムとしたのですが、確かに「伊勢湾台風メモリーズ2009」という大きなタイトルに比べると、今回のシステムで着目した内容はその一部であるとも言えます。さらに、もう少し広い視点から問題を考えると、この問題の本質は、災害報道から災害復興にいたるプロセスにおいてどうしても「目立つ被災地」に注目が集まってしまい、その他の被災地から見ると不公平な状況が生じてしまうという点にもあります。この問題は現在も当時と比べて状況がそれほど改善したわけではなく、このシステム自体もある意味では同じような偏りの問題を抱えています。この点は我々が常に心しなければいけないことでしょう。

さてシステムについて見ていきましょう。基本的なシステム構成は東京会場と同じなのですが、プロジェクターの配置などは会場の形状に合わせて柔軟に変更しました。特に今回の会場の大研修室は、展示スペースではなく通常は会議室として利用されている部屋ですので、天井高が3.5mしかなく、天井高が7m以上あった東京会場とは異なり、最大4.5mに達する高潮をそのままでは再現できませんでした。そこで止むを得ず、高さ3.5mまでは壁面に投影し、それを越えた部分については天井に折り返して投影することにしました。「これでは不自然だからたとえ縮めても壁面に収まるように投影した方がよかったのでは」との意見もありましたが、こうなったのはシステムのコンセプトである「実寸大の高潮」にこだわった結果であるため、私としては止むを得ない選択だったと考えています。また天井にプロジェクターを設置するスペースがないため、床面の投影はなくしてすべて壁面+スクリーンへの投影となりました。ただし会場の壁面が四角ではなく丸みを帯びていたため、東京会場での正面と側面がつながったようなワイドな高潮を再現できるようになりました。この点は東京会場よりもダイナミックな表現になっていたと思います。

また会場には東京会場と同様、スーパー伊勢湾台風による浸水想定図を掲示しました。東京湾については国土交通省港湾局、伊勢湾については東海ネーデルランド高潮・洪水地域協議会のご協力をいただき、伊勢湾台風よりも強いスーパー伊勢湾台風(例えば室戸台風クラス)が東京湾や伊勢湾を襲ったときの被害想定シミュレーションを会場で見られるようにしました。これについても東京会場に比べるとはるかに具体的な質問がありました。日頃から高潮災害に関して情報を収集されており、その歴史的な経緯についても詳しい方々に比べると、正直なところ我々は勉強不足で、きちんと質問にお答えすることができなかったと思います(これはこの点に限らず他の点でもそうなのですが)。ただし浸水想定図に関しては今回は特に人々の関心が高く、もっと詳しい情報を知りたいという気持ちも感じられました。そうしたニーズに応えて、こうした情報をもっと人々に説明して広報していくことが重要だと思います。行政の方でもこの課題に積極的に取り組んではいかがでしょうか。

今回の併催イベントでは当時の写真なども展示していたため、それを亡くなったご主人に見せたいと遺影を携えて訪れた方もおりました。話しかけたところ自らの被災体験を以下のように語ってくださいました。その方は自宅にいたところ、最初はチャプチャプと水が流れてきて、その後にどっと高潮が押し寄せてきたそうです。最初はトラックの屋根に逃れたもののトラックも水没してしまい、ドラム缶につかまって浮いていたところ、ドラム缶もひっくり返ってついに溺れてしまいました。しかしそこをご主人に引き上げてもらって、なんとか助かったそうなのです。いま自分が生きているのはご主人に助けてもらったからだ、と涙ながらに語ってくださいました。そのような強烈な記憶をお持ちの方々に対しては、本システムはそれこそ「釈迦に説法」ということにもなりかねませんが、逆にこのシステムがそうした記憶を集めて共有する場として機能するなら、それには多少なりとも価値があるかもしれません。今回のイベントで感じたのは、被災者の方々の中にもいっぱい語りたい方がたくさんいらっしゃる、しかしそれを受け止める場があまりない、ということです。そうした方々に適切な場を提供し、体験談を記録し、次世代に残していくことはできないでしょうか。

さらに本システムは、むしろ伊勢湾台風を知らない子供、孫の世代に見ていただき、体験世代から下の世代に高潮の怖さを伝える場として活用していきたいと考えています。併催イベント会場で流れていた当時の記録映像は、被災者の方々は涙なしには見られないとのことですが、その下の世代にとってはどこか自分と関係ない過去の出来事に思えるかもしれません。そういう方々には、むしろデジタル技術を活用してよりわかりやすい表現で伊勢湾台風の高潮を体感できるようにしていくことも重要ではないでしょうか。災害の記憶を受け継いでいくためには、被災者の体験談や当時の資料(記録、写真、映像)などをきちんとまとめ、多様な試みを組み合わせながら次世代に伝えていくことが必要です。そうした中で、本システムを教育のための道具の一つとしてどう生かしていけるかが、今後の課題だと思いました。

参加者からのコメント

以下はパソコンで入力していただいたコメント(メモリー)を中心に、こちらで内容ごとに分類してまとめたものです。原文の抜粋ではありますが、できるだけ文意を変えないように配慮しました。ただし名古屋会場ではご年配の方が多く、パソコン操作ができない、苦手という方も多かったです。そのような方には紙へのご記入をお願いしました。パソコン操作が苦手な方が多いというのはあらかじめ予想はしていましたが、そのあたりの対応方法が不十分だったかもしれません。

高潮の水位

高潮の水位については、東京会場と同じく「怖かった」「理解できた」などの声もありましたが、すでにいろいろな場で話を聞いているせいか、より具体的な感想が多かったです。例えば現在の子供たちも、「あれではすべてが水没する」「自分だったら溺れて死んでいるかも」「自分のうちに来ると思ったら怖かった」「おばあちゃんから聞いていた高潮が体験できた」などと、自分の身に起こりうる現象として捉えているようでした。また当時の子供たちも、小さいころのことなのであまり鮮明な記憶がなく、「改めて波の高さを体験して恐しさがわかった」「両親には聞いていましたが写真を見たことがなかったので今日はよかった」などの感想を寄せていました。さらに被災した方からも「当時の高潮の高さと時間がわかってよかった」などの感想をいただきました。

ただし全体的に見れば、東京会場の時ほど水位の高さに関する新鮮な驚きはなかったように思います。これは水位自体に関しては、例えば潮位標識やその他の手段によって、すでに大まかなイメージを得ているからかもしれません。

伊勢湾台風

伊勢湾台風に関する被災体験を書いて下さった方も多く、その中からいくつかをご紹介したいと思います。

書いて下さった方々の体験を集めただけでもこれだけの記憶があり、これを読むだけでも、当時の災害のすさまじさが伝わってきます。こうした体験談は、多くの体験談集にもすでに膨大な数が収められており、そうしたものを収集するとともにそこに新たな体験談も追加していけば、価値あるアーカイブ(記録集)が作れそうです。しかしこれはかなり大変な仕事でもあるので、個人として取り組むのはなかなか難しいかもしれません。

災害への備え

まずは災害の記憶の風化と、それに対して災害の記憶を伝承していくことの価値について「決して風化させてはならない災害」「今日は子供と来たが、防災に関して興味を持ってほしい」「ことあるごとに子ども、孫には話していますが、伝えてゆかなければいけない体験でしょう」などの感想がありました。50周年を迎えた伊勢湾台風の災害について、子供たちにどう興味を持ってもらうかが現在の重要な課題でしょう。「今年は50年の節目の年なのであちこちで写真展が開かれている」という状況で、その他にも講演会なども多数開かれてはいますが、この災害を本当に伝えるべき下の世代が関心をもつような形で情報を伝えるのはなかなかの難題です。現在の取り組みとしては、博物館などにおける体験型展示やアニメ映画、絵本の制作などがありますが、そうした試みの一環として本システムのような参加型システムも活用できるかもしれません。

次に防災意識について触れている感想もありました。「当時に比べて情報は多いが防災意識はどのくらいあるのだろう」「当時に比べて対策は進んでいるし情報も発達しているので未然に災害を防げる気がします」と、当時の状況との違いについて考えている方がいます。しかしいくら当時の状況とは異なっても、やはり「水、風の恐さは決して忘れずに心にきざむ」「台風シーズンになると思い起こす」ことが必要でしょう。

また「3階以上の建物に緊急に避難できるように備えていることが大切」「川は民家のずっと高いところを流れているので、堤防で守られているとはいえ決壊したら水没する」など、この伊勢湾台風災害を決して他人事とは思わずに、常に備えておくことの重要性を訴える具体的な意見もありました。

高潮の表現方法

今回のような高潮の表現方法について、「作り物でも体験することで現実感が増す」との意見をいただきました。これは重要なご意見だと思います。本システムが「再現」した高潮は作り物ではありますが、これを体験することで少しでも現実感が増すのであれば、そこには価値があるのではないでしょうか。もちろん作り物感をなくすためには、コンピュータグラフィクス技術を活用してより本物っぽい映像を作る方法もありますし、本物の水を使った大規模な装置の制作などの方法もあります。これで見かけ上はより「リアル」な高潮を再現することはできるかもしれませんが、根本的に「作り物」であることは免れません。本当の問題は「作り物」かどうかではなく「現実感が増す」かどうかということで、その観点から本システムの有効性を考えていきたいと思っています。

その一方で「グラフ表示のみで期待外れ。映像と音で再現してほしい」との意見もいただきました。これはおそらく、今回のような「作り物」ではなく「本物」の映像と音を使って再現してほしいという要望だと思いました。本物として使える素材としては、例えば当時のニュース映画などがあります。もちろん本物の映像と音を使えればそれに越したことはないのですが、これには著作権の問題などもあって利用には難しさもあるのが実情です。

今後の要望

意見としては「実際に風や波の体験ができるとよい」「当時の人々の証言やインタビューなどもあるとよかった」などがありました。後者については特に、なぜこのような被害になってしまったのか、他の方法はなかったのかなどの点について、当時の人々の証言をもとに考えてみたいとの意見です。実際にこうした試みは、現在出版されている証言集を集めるだけでもかなりのことができるはずです。ただし紙ではなくビデオ映像などで集めた証言がどのくらいあるのかはよくわかりません。被災者の方々の高齢化に伴って難しくはなりますが、ビデオ映像などのよりビジュアルな形での記録も将来に向けては必要になるかもしれません。

また会場運営についても「スタッフは土地勘がある人にやってもらった方がよかった」とのご意見をいただきました。実は私自身は名古屋を数回しか訪れたことがなく、事前に少しは地名などを勉強したのですが、地理的なご質問にはあまりうまくお答えできませんでした。また説明スタッフも名古屋周辺の出身ではあったのですが、特に高潮被害地域の細かい地理に詳しいわけではありませんでした。来場者の方々が、スタッフは展示内容に詳しいはずだと想定されるのは当然のことで、その点に関しては率直に言って私の準備不足だったと思います。そして土地に詳しいスタッフが揃っていれば、会場でのコミュニケーションはもっと有意義なものになったかもしれないと思うと、そこが心残りでもあります。この土地勘の問題は私自身が完全に考え落としていた点でもあり、今後への貴重な教訓になったと考えています。

多くのご意見をいただき、ありがとうございました。